選挙でのSNSから学べること
SNSでは、冷静な政策論よりも、対立を煽る表現の方が圧倒的に広がりやすい。
経済政策や福祉、教育制度などの地味だが重要な政策議論は注目されにくい。
「既得権益と闘う候補」などは瞬く間に広がる。
長くて複雑な政策説明よりも、短くて刺さる言葉が注目を集める。
誹謗中傷の投稿は一気に拡散され、訂正は届かない。
個人や企業への批判が一気に広がり、集中砲火のように浴びせられ「炎上」すると、
ほんの一部の人の声であっても、多くの人が一斉に怒りの声を上げているように感じる人が多い。
投稿して火種を作る人はほんのごく一部であるが、大規模な炎上になるのは、
「拡散の連鎖」による。 先の指摘通り、批判的な投稿ほど注意を引かれやすく、目に留まりやすい。「何人が言っているか」より、「何度繰り返されているか」である。
一方で、企業や自治体の担当者は「炎上しない表現」で投稿する。これが
「過剰な自粛」につながり、社会全体の言論空間を痩せさせていく。
炎上の実態を正しく理解することが重要で、強い批判を繰り返すのはほんのごく一部のユーザーにすぎないので、必要以上に自粛せず、正確で誠実な発信を続ける姿勢が欠かせない。
フェイク情報を見抜ける人の割合は15%という研究報告があるようで、騙されるのは「一部のリテラシーの低い人」だけではない。(但し、メディアが発信するメッセージを正しく読み解く力、膨大な情報を整理して正しいものを見分ける力、論理的に物事を考える力が低い人ほどフェイク情報を信じやすく拡散しやすいという)このフェイク情報は6人に1人程度の割合で拡散され、その中心は日常会話だという。それを聞いた人々が再びSNSに書き込む。すなわち、ネットと現実を往復しながら拡散の輪が広がる。
2者択一をせまられる場合、それぞれに不利なフェイク情報が流されると、
いずれも、数少ない強固な支持層は影響されないが、支持層の多くを占める「やや支持する」といった層の態度は大きく揺らぐ。
多数決で物事が決する社会にあっては、自分側の強固な支持層を増やすことができればよいが、それは多くの場合かなり困難で、手っ取り早いのは相手の不利になるフェイク情報を拡散することであり、民主主義の脆弱性を感じる。
相手側から不利なフェイク情報を流されても、自側の支持層が、たとえ弱い支持層であっても影響を受けないよう
